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■柳家権太楼(三代目)富士詣り

   

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長屋の連中が日ごろの煩悩を清めようと富士山への登山に出かけたが、思っていたよりしんどくて皆くたくた、おまけに天候まで怪しくなってきた…

現在ではスポーツやレジャーとして行われる山登りだが、昔は信仰を第一の目的としていた。ゆえに昔は「講」という団体を組み、垢離場というところで水垢離をし、精進潔斎して山登りをしたそうである。富士山に登る富士講に参加した江戸っ子たち、口は達者だが足のほうがからっきし言う事を聞かず、大して登ってもいないのに休みたいと言い出す始末。山登りのリーダーである先達にそういう時は「六根清浄」と掛け声をかけながら登るといいと言われ、しばらくはそれで乗り切っていたが、やっぱりだめで、結局休憩ということになる。
講中の一人が、
「山ってのは登ったり下ったりしながら登るのがいいんだよ。(富士山は)端から仕舞いまで登りでしゃれにならない。できれば下りながら頂上へ着きたい」
などと図々しいことを言ったかと思えば、別の一人が、
「しかし、お天気でよかったね。あたしゃ雨が嫌いでね、梅雨の季節なんか特に嫌だよ。だからあたしは蕎麦食べるときもつゆは使わない」
「じゃ、どうやって食べるの?」
「つゆの代わりに汁を使う」
などと言っている。

偸盗戒と邪淫戒
ところが、昔から山の天気は変わりやすいと言われるとおり、澄み切った空に急に雲が出始めた。
「先達つぁん、何か急に雲が出てきちまいましたが」
「ああ、こりゃあ御幕が下りたんだ」
「聞いたかい、『幕が下りた』って。この幕はいつ開きますかね」
「違うよ。雲が降りることを我々のほうでは『御幕が下りる』というんだ」
「でどうなるんです? 一雨来るんですか?」
「一雨どころの騒ぎではない。山は荒れるな」
先達さん曰く、確かに今は精進潔斎して山へ登っているけれども、その前には多かれ少なかれ悪い事をしている。そういう者が講中に混じっていると富士山は懲らしめのために荒れるのだと。さらに、特に五戒を破った者がいた場合、天狗に八つ裂きにされるという。「嘘でしょう」と疑う者に、どう考えても天狗の仕業としか思えないような死体を見たことがあるという先達。
それを聞いた一人がガタガタと震えだす。先達が不審に思って聞いてみると、その男、偸盗戒を破ったらしい。懺悔をすれば助かるといわれ、男は慌てて話し始める。
ある日、町内の銭湯へ行き、さっぱりして帰ろうとして自分の下駄を履こうとしたら自分の下駄が一番汚くてなおかつぺちゃんこなのに気がついた。で、側を見ると柾の通ったいい下駄がある。目は「いい下駄があるな」としか思っていなかったのに足のほうが言うことを聞かず、ぽ~んと飛び乗ってそのまま帰って来てしまったそうである。
「こんな調子じゃ他にも」と先達が思っていると、もう一人出てきた。聞いてみると、先達が五戒のなかで最も破ってはならないと説明した邪淫戒を破ったというのである。熊というその男、近所のある人の家へ遊びにいったら偶然その人が留守で、その人のおかみさんが洗濯をしているところに出くわしたらしいのである。
おかみさんが、「慣れない洗濯姿なんか見て笑わないで頂戴」というので、「だったらあっしがやりますよ」と熊さんが代わって洗濯をし、糠味噌をかき回し、臭いが同じだから便所まで掃除と忙しく立ち回る。
「お礼に何かご馳走しますけど何がいい?」というおかみさんに、蒸かし芋だの焼き芋だのと芋から縁の離れない熊さん。
「じゃ、しばらくこれでも食べてたら?」と欠餅(かきもち)を出してくれた。
すると、欠餅のそばにおかみさんの膝が見えるので思わずつねってしまった。「熊さん、冗談するにも程がある」とおかみさん、熊さんの膝をつねり返す。
「冗談じゃつねりません」
「冗談じゃございません」
そのうち浮かれ出して踊り始めてしまう。先達さん「とんでもねえ野郎だ。近所のかみさんってえが、一体誰のかみさんだ?」
「すまねえ、先達つぁんのかみさんだ」
「この野郎!」
そこへ別の男が飛び込んでくる。何でも講中の二人が青い顔になってひっくり返ったと言う。先達さん曰く、「ああ、それは多分山に酔ったんだろう」
「え? 山なんてものは酔うものなのかい?」
「ああ、酔いもするさ。ちょうどここらが五合目あたりだ」

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 - 柳家権太楼(三代目)

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