古今亭志ん生(五代目) 羽衣の松
2021/05/09
あらすじ
人というものは大変なもので、本当の美人は『顔の真ん中に鼻がある』と申します。
めったに真ん中にはないそうで、いくらかはどっちかへ寄っているそうですな。
美人ってぇと、唐土(もろこし)では楊貴妃、我が朝では小野小町。
実に小町と言う女は美人だったそうですな、皆さんに見せたかった……
私も見なかったけれど……
三十二相揃っていたと言います。
その美人の相取締役が天人と言う方で、この天人が一度下界へ降りた事がある。
東海道の三保と言う所へ天人が降りて来た。
あんまり眺めが良いんで、『私、少し休んでいこう』なんてな事を言って、着ていた羽衣を脇の松へ掛けて、その松が羽衣の松と言う。
羽衣を掛けておいて、天ちゃんが、海の浅い所へ入っている。
その足なんざ、実に綺麗、透き通るような足ですな。
おみ足も小さい良い形だ。
中にはずいぶん大きなおみ足がありますね、だんびろ甲高十三文、扁平足のかかと出っ張りなんてのがある。
するとここを通ったのが漁師で、伯梁(はくりょう)と言う男。
こいつが呑む打つ買うの三道楽。
へべれけに酔ってここを通ると、嗅いだ事のない良い匂いがするから、ひょいと見ると、松へ羽衣が掛かっている。
降ろしてみて。
「何だい、こりゃあ。柔らかい良い品物だね、これなら一杯呑めらぁ」ってんで、これを持って行こうとする。
その後から追って来ました天人が。
「のぅのぅ、それを持ち去られるは、天人の所持なす羽衣と申すものなり。みだりに下界の人の持つものにあらず。我に返したまえ」
と言って、金鈴を振るわすような声を出した。
こっちは酔っているから。
「何を言うやがる、こんちくしょうめ。俺はこいつを拾ったんだ、拾えば俺のもんだ。くずぐず言うない、まごまごしやがると、こんなモノひっちゃぶいちまうぞ」
傍若無人な振る舞いに、今はさながら天人も、衣を取られた羽抜け鳥、帰航の道も絶え果てて、登らんとすれど、翼無く、下界なる人の汚れを受けねばならぬ、これはどうしたら良かろうと、げに、天人の憂うる時は、花の冠もしのぶとやら。
錦のしごきにしどけなく、ただぼんやりと天人が、涙を浮かべて、下を向いている、その風情は、実に良い有様。
時にピューっと吹いてきた一陣の風に、天人の裾が揺れるって、たいそうなところですなぁ。
天人の裾が揺れて、直に肌が見えたんですから、これを見た伯梁は、ハッと驚いて、ブルブルっと震えて、その震えが三年三月止まらなかった。
「ははぁ、これが世に言う天人とのか。綺麗だなぁ、俺も男と生まれたからには、こう言う女を女房にしたい。三日でも良いや、どうだい、俺と夫婦にならないかい。
可愛がるよぉ」
「我にその衣を返したまえ」
「だめだい。これ返せば、お前はどっかへ飛んで行っちまうだろ。三日でも良い、いっしょになったら、返そうじゃねぇか」
「その衣無き時は、片時も動けません。衣返せば、何事もその意に従います」
「大丈夫かよ、おい。それなら、俺はお前を押さえているよ、良いかい」
後ろから、衣を掛けてやるからと言って、天人の後ろへ回るってぇと、この襟足の良いなんてのはありません。
コンクールなら一等ですよ。
色の白いなんてのは、富士の雪を欺くばかり。
お乳の良いなんて、小さくって、ふくらみがあって、蕎麦饅頭に隠元豆が乗っかっているよう。
お乳ったって、ずいぶん大きいのがありますな、巾着袋にどんぐりがくっついているようなのが……
背中で子供が泣いたりすると、『坊や、泣くんじゃないよ、おっぱい、お上がり』なんてんで、おっぱい担いだりして。
ひょいと後ろへ回って、羽衣を掛けるってぇと、吹いてきた風と供に天人の姿は、空中高くヒラヒラヒラっと舞い上がったから、驚いた伯梁が。
「おい、天人さん。今言った事は、どうしたんだい?」
と言ったら、天人が雲の間から顔を出して、
「ありゃあ、みんな、空言(そらごと)だよ」
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