桂文枝(五代目)花色木綿
怪しい男がウロつきだしますというと、泥棒の始まりで。コソ泥、しかも、空き巣狙いちゅうやつ。
「お留守ですかぁ?用心が悪ぅおまっせ。留守なら、上げてもらいまっせ。」
と、入ってまいりましたのは、なんにも無い家。しかし、生活しているような、雰囲気はある。
柳行李がありますので、開けてみますと、新聞紙。洗濯もんやらなんやらで、盗るもん、いっこもあれへん。不景気な家ですわ。無かったら無いで、そのまま帰ってしもたら、良かったんですけれども、
一旦入った家、なんにも盗らずに出るちゅうのも、盗人に入ったかいが無いというので、そこらウロウロ。ここは、やもめの家でございまして、これが、風呂へ行ってる間の出来事。
「今、帰って来ました。えらい、すんまへん。」という声聞くなり、盗人も、逃げようといたしましたが、裏長屋のこと、一方口しかありません。台所の縁の下へ、コソコソっと、入ってしもた。
戸は、細目に開けといたはずやのに、閉まってる。
しかも、畳の上には、泥足の型が付いてる。柳行李が、引っくり返ってる。
こらどうも、盗人が入った様子。しかし、盗るもんが無いので、逃げたような具合。
黙ってるわけにもいかんので、表へ出て、騒いでこましたろと。「盗人が入ったぁ!」
近所じゅうは、大騒ぎ。
やもめの家に盗人が入った。騒いでおりますうちに、やもめが盗人に入りやがったやて。あべこべですがな。とりあえず、家主さんに報告を。
しかし、一応、警察に、届けを出さないかん。何もかも盗られたちゅうのでね。
家主さんが、紙に書いて、提出することにいたします。「まず、着類からいこ。」
「木類は、四分板が二枚に、五分板が一枚。」
って、その木違いますがな。着るもんですがな。「綿入れが一枚」
「縞は?」
「淡路島」
って、何の縞ですねん。「細かい線の入った柄ですねん。」
「千筋と。裏は、何を付けたん?」
て、分かれしまへんねやがな。「裏は強いようにと、こういうものには、花色の木綿を付けるもんやがな。」
「そうそう、花色の木綿ですねん。」
「それから、何を盗られたん?」
「黒羽二重の袷が一枚」
エライ上等のもん、持ってはったんやね。「こら何か、五つ紋か、三つ紋か?」
「おまへんねん」
「たいがい、紋付やけどなぁ。ほな、無紋やな。」
「いいえ、十文三分。」
て、足袋の文数違いまんがな。「裏は?」
「花色の木綿でんねん」
紋付の裏に、木綿ちゅうのも、あんまり、聞けしまへんけどなあ。「それから?」
「モーニングが一枚」
「一着と言いなはれ。これには、ちゃんと、紋が、おまんねんで。」
って、黒羽二重に紋がのうて、紋付のモーニングですて。始めは、黒羽二重に紋があって、モーニングと重ねてしもたったんで、その紋が、湿気で、モーニングに移ったて。んな、アホな。「どんな紋や?」
「あっさりした紋でんねん。丸の中に、六角がおまんねん。その中に四角があって、またその中に、稲荷さんの鳥居があって、その下で、キツネとタヌキが相撲取ってる。」
ややこしい紋ですなあ。書けまへんで。「裏は?」
「裏は、花色の木綿。」
って、これも、聞いたことない。「それから?」
「布団が一枚」
「一流れと言いなはれ。表の柄は?」
「唐草」風呂敷やおまへんで。
「裏は花色の木綿」何でも、花色の木綿や。
「それから?」
「蚊帳(かや)が一枚」
「一張りと言いなはれ。五六か八六か?」
「弥七っつぁんで買いましてん。」
って、人の名前違いますがな。寸法ですがな。「色は萌葱(もよぎ)で、裏は花色の木綿。」
裏付きの蚊帳ちぇなもん、見たことおまへんで。風通らへんし、暑うおっせ。暑い時分に、震えが来てしょうがないので、特別に、付けてもろたて。「それから?」
「刀が一本」
「一振りと言いなはれ。短剣か長剣か?」
「ちょろけんで」
違いますがな、長い刀か、短い刀か。「道中差しと。銘は、あるか?」
「姪は、おまへんけど、天下茶屋に、いとこが一人。」
その姪違いまっせ。「無銘なりと」
「裏は花色の木綿」
って、刀に裏がありますかいな。刀の入ってた袋の裏ですて。「表は?」
「表は八百屋」
長屋の表違いますがな。袋の表ですがな。「表が更紗(さらさ)、裏が花色の木綿。」
アホが、口から、でまかせしゃべってたん。
ところが、一部始終を聞いておりましたのは、縁の下の盗人、何も盗ってないのに、“盗った盗った”言われるのんが、腹立ったとみえまして、そこへ飛び出してきよった。「コラッ!おのれは!!」
「あんた、誰でんねん。」
「盗人じゃ」
「あんたが出て来たら、わたしゃこれ、面目ない。」
「さあ、逃げも隠れもせんぞ、片っ端から、かかって来い!俺が出て来たら、ガタガタ震えてるやつばっかりか。ここの裏のやつは、弱いやつばっかりやな。」
「裏が弱かったら、花色の木綿付けときなはれ。」
[出典:http://www.geocities.co.jp/Hollywood/2975/sub154.html]
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