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春風亭柳好(四代目)かぼちゃ屋

      2017/07/08

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プロフィール

4代目春風亭柳好(川崎の柳好、1921年1月5日 – 1992年7月7日)は、落語芸術協会に所属した落語家。
本名 小川 清。神奈川県横浜市出身。出囃子は『おいとこ』。
工場勤務を経て家業の魚屋を継いだが、1950年8月、29歳の時に3代目柳好に入門して春風亭笑好を名乗る。1953年10月、二つ目昇進。
師匠没後の1956年、6代目春風亭柳橋門下に移る。1958年10月、真打昇進。フジテレビ『お笑いタッグマッチ』の回答者として人気を獲得する。

「落語をやらせていただきます」とボソリと断りを入れてから噺に入り、独特の低音とゆっくりとした口調で穏やかな高座を務めた。若い頃から7代目春風亭柳枝を崇拝し、SPレコードを収集しては研究に没頭したという。居住地から「川崎(の師匠)」と呼ばれ、川崎を本拠としたプロ野球大洋ホエールズ(後に本拠を移転して横浜大洋ホエールズ)のファンでもあった。色紙にサインをする際は、いつも「はなしかはタマゴが先でトリが後」と書いた。
健康を害し、1989年に芸術協会を脱退して治療に専念したが、1992年に死去。享年71。

得意ネタ
得意ネタは『お見立て』『こんにゃく問答』『道具屋』『小言幸兵衛』『味噌蔵』『二十四孝』『かぼちゃ屋』『牛ほめ』など。とりわけ与太郎噺を得意とする。

出演映画
落語野郎シリーズ
与太郎シリーズ

家族
娘が2人いた。5代目柳好がこの2人の娘に襲名を願い出た際は、特に反対されることもなく無償で名跡が提供されたという。
洒落の一環として、自宅では縁遠い次女(相当な美人と評された)を「春風亭古娘」と呼んだ。次女の親友が胆石手術をした際には、退院祝いとして「春風亭胆石」の芸名を与えるなど、エピソードの多い人物だった。

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 - 春風亭柳好(四代目)

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