【落語チャンネル】ネット寄席

落語動画・音声まとめデータベース/世界に誇る日本の伝統芸能 落語ワールドをご堪能下さい

*

三遊亭圓之助(三代目)かつぎや(七福神・かつぎ屋五兵衛)

   

Sponsored Link


1978年(昭和53年)4月録音

別題『かつぎ屋五兵衛』『七福神』
もとは上方落語の正月丁稚(しょうがつでっち)

あらすじ

呉服屋のかつぎ屋五兵衛は、たいへんな縁起かつぎ。正月元旦ともなると、縁起かつぎもすさまじい。
下働きの清蔵を呼ぶと「まずは井戸神様にダイダイを入れて和歌を供えて若水を汲んでおくれ」と言いつけ和歌を教える。「新玉の 年とちかえる あしたより 若柳水を 汲み初めにけり。これはわざっと お年玉。」こう教えられた清蔵は、「目の玉の でんぐり返る あしたより 末期の水を 汲み初めにけり。 これは、わざっとお人魂。」とやらかす。怒った五兵衛は清蔵にクビを言い渡す。清蔵は「ついでだから後9日置いてれ、丁度35日になるから・・・」。庭に降りて頭を下げる清蔵に、五兵衛が「お前は何をしてるんだ。」と聞くと、「草葉の陰から手を合わせている。」

早桶屋の白兵衛がやってきた。「正月はそんなにめでたくはないよ、一休さんも『門松は 冥土の旅の一里塚 めでたくもあり めでたくもなし』と言ってる」。縁起の悪い事をさんざん言って、歌を唄った「五兵衛さんの家の周りを福の神が取り巻いた」。機嫌を直したが、これには下の句があるという「これじゃぁ~、貧乏神が出られない~」。
店の者とお雑煮を食べ始めると餅の中から釘が出た。「旦那、縁起がいいです。餅の中からカネが出たので金持ちになります」。小遣いを増やしてもらう定どんに清蔵は「身代は持ちかねる」と悪態をついた。

さて、そうこうするうち、二日の晩、お宝船売りがやってくる。番頭に声をかけさせ、お宝船売りを呼び込むと、一枚四(し)文、十枚で四十(しじゅう)文というので、縁起でもないといって追い返す。
次にやってきた宝船売りに番頭が、「うちの旦那は大変な縁起かつぎだから…。」と言って入れ知恵をする。宝船売りは、店に入るやいなや、「お宝の入り船です」と言う。五兵衛は喜んで、全部買うという。「何枚あるんだ」と聞くと、「へい、旦那の年ほどもございます。」「何枚だ。」「千万枚でございます。」
五兵衛は、縁起がいいと大喜び、しかも酒をを勧めると「亀の子のように・・・」。酒を注ぐと「黄金色のよう・・・」。「こんなイイ酒で酔うと宝船に乗っているようだ」。喜んだ五兵衛さん、いつでも遊びにおいで、で、何処に住んでいますか。「本郷の蓬莱町にいましたが浅草寿町に、そこから下谷の長者町に移りましたが、それ以上引越させないでください」。その都度ご祝儀をはずんでもらい、反物までもらった。
宝船売りは、ご機嫌になり「旦那の姿は大黒様、美しいお嬢様は弁天様。七福神がお揃いで、おめでとうございます」と帰りかけた。五兵衛が「それじゃぁ、二福じゃないか。」と言うと、「いいえ、それでよろしいのです。ご商売が、呉服(五福)でございます。」

[出典:落語の舞台を歩く]

Sponsored Link

プロフィール

本名は高橋力(たかはし つとむ)(1929年(昭和4年)4月25日 – 1985年(昭和60年)4月26日)。出囃子は『舌出し三番叟』。
東京都文京区大塚生まれ、元は建具職人、TBSラジオの「しろうと寄席」に出演をきっかけに玄人になる。 1956年6月に3代目小圓朝に入門して朝三。1959年9月、二つ目もこの名で昇進し、1965年9月、真打昇進時と共に襲名。
NHKの銀河ドラマ「姉さんシリーズ」にも出演した。
1980年6月脳溢血で倒れ半身不自由になり修善寺リハビリテーションで1年間リハビリを行ないながら独演会などの高座に上がっていたが、1985年4月に国立演芸場で演じた「高野高尾」が最後の高座となり、同26日、「サヨウナラ」を最後の言葉にして心筋梗塞で亡くなった。享年56。
前座・二つ目に貧乏暮らしをしたことからエピソードも多い、俗に「貧乏の圓之助」という。
得意ネタは「長屋の花見」「小言念仏」「大工調べ」など長屋物を得意とした。著書には「はなしか稼業」がある。
妻は漫才師の大江笙子と大江茂(元・砂川捨夫、後に凸凹ボップ・ホープのボップ)の娘。弟子に三遊亭朝三(小宮信男)がいたが圓之助の亡くなる1985年の前の年の1984年5月に亡くなっている。
実子が4代目小圓朝。

Sponsored Link

 - 三遊亭圓之助(三代目) ,

[PR]

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

  関連記事