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笑福亭仁鶴(三代目)無いもん買い

   

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無い物買い(ないもんがい)は、上方落語の演目の一つ。
複数の小咄が組み合わさった構造の小品。
シーンの数を増減することで時間の調整がきき、若手が修練のために演じるいわゆる「前座噺」のひとつとしても知られる。主な演者に笑福亭福笑などがいる。

無いもん買い あらすじ

喜六と清八は退屈をしていた。清八は、「無い物買い」という遊びをしないか、と喜六を誘い、街へ繰り出す。
ふたりは金物屋へ着いた。清八は店主に「ナスビかキュウリの漬物(つけもん)はあるか?」と尋ねる。店主がいぶかしがると、清八は「看板に『なものるいくき(菜物類・茎)』とあるがな」と返す。「かなものるいくき(金物類・釘)」と書かれた看板のうち、「か」の字が暖簾で隠れており、それをからかったのだ。

かつての大阪の商家では、朝商い(=開店して最初)の客が何も買わないのは縁起が悪いため避けるべき、という店側客側双方の了解があった。清八は店内の品物を何か買おう、と申し出て、「鞘付きの火十能」「歯がギザギザになっていないノコギリ」「蓋や引き出しのついた金ダライ」などを要求して店主を困らせる。

ふたりは次に古手屋を訪ね、清八は「半袖・半ズボンになったモーニング」「裾模様の描かれたパッチ」「三角形の座布団」「綿入れの蚊帳」などを次々要求してからかう。
和菓子屋では巨大なぼた餅を作らせ、清八が「買うさかい、竹の皮で包んでくれるか」と言い、職人が「そない大きい竹の皮おまへんで、包まれしまへんがな」と答えると、「竹の皮なかったら、いらんわ」と言って店を飛び出す。

ここで喜六が「兄貴のようにやりたい」と言い出すので、清八は「味噌屋に行って『泣き味噌』を頼め」と吹き込んで送り出す。喜六はあまりに面白がり、吹き出しながら注文をするため、店主に冷やかしであることを見破られてしまう。「おます(=あります)」と切り返した店主は、店の丁稚を呼び、「店の前を掃除しとけと言うたやろ。こらしめや」と叱って殴る。丁稚は大声で泣き出す。店主は「ええ泣き味噌でっしゃろ」と言って高額を要求し、喜六をやり込めてしまう。

喜六は悔しがり、次は魚屋で「無い物買い」に挑戦する。1円の鯛を「5銭に負からんか?」と喜六が言うと、店主は鯛の口に耳を当て、「『そないに負けられたら、他の魚に顔向けがでけん』と言うとる」ととぼけてみせ、すごい剣幕で喜六を叱る。

清八が間に入って謝り、「鯛を1円で買い取る」と言い放つ。そのかわり鯛の身を三枚におろし、それをさらに3等分し、包丁の背でたたき、舟盛り用の木船に入れて水たまりに放り込み、店主自ら踏みつけろ、と要求する。店主がその通りにすると、清八は財布から取り出した1円札に耳を当て、「『5銭に負けたもんを高く買いなおす、てなことされたら、他の札に顔向けでけん』と言うとる」と言って店を後にする。

魚屋の店主はあっけにとられ、何もできなかった。一部始終を見ていた店主の妻は、「あんたはホンマに体(たい=威厳)のない人や」となじる。店主は
「いや、タイ(=鯛)があったさかい、こんな目に遭(お)うたんや」

※魚屋まで演じず、金物屋→古手屋→味噌屋→和菓子屋の順で演じて
「おなじみの一席でございます」と言って話を終える場合が多い。

プロフィール

3代目笑福亭 仁鶴(しょうふくてい にかく、1937年1月28日 – )は、上方落語の名跡である。大阪府大阪市生野区出身(後に同府交野市へ転居)の上方噺家(上方の落語家)である。
本名、岡本 武士(おかもと たけし)。血液型はO型。所属事務所はよしもとクリエイティブ・エージェンシー(吉本興業)。上方落語協会会員、吉本興業特別顧問、身長165cm、体重58kg。
出囃子は「猩々くずし」または「だんじり」。妻は吉本新喜劇に在籍した永隆子。当たりギャグは「どんなんかな~」。

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大阪市立生野工業高等学校時代に、友人らと訪れた古道具屋のワゴンセールの中で浪曲や安来節のSPレコードの中で見つけた初代桂春団治のSPレコードを買い自宅にあった父の蓄音器で聴いたのがきっかけで、前田達(のちの桂枝雀)ら演芸好きの仲間と天狗連を結成。

朝日放送(ABCラジオ)の素人参加番組に出演して才能が認められ、前田が3代目桂米朝に弟子入りした翌年の1961年3月中ごろに、素人参加番組の審査員だった6代目笑福亭松鶴に入門を懇願、4月1日に正式に弟子入り(笑福亭鶴光・笑福亭鶴瓶などは弟弟子、明石家さんまは従弟弟子にあたる)。

その後、新世界新花月で初舞台の予定だった周囲から「笑福亭花丸と組んでやれ(ステレオ落語のような事)」といわれたが、松鶴が反対。そこに3代目林家染丸の勧めで吉本入り(理由は後述)し、京都花月で初舞台を踏む。

ネタは「くっしゃみ講釈」であった(京都花月は吉本における初舞台であり正式な初舞台は1962年4月の高島屋で行われた若手の落語会)。1967年4月に、吉本新喜劇の女優永隆子と結婚。

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1960年代から1970年代には、月亭可朝や桂三枝(現・6代桂文枝)と共に、吉本興業の顔としてテレビ、ラジオ、映画、レコードに出演するほか、花月劇場チェーンへの出演と大活躍し、『ヤングおー!おー!』(MBSテレビ)を通じて、全国区に進出した。1972年にはNHK紅白歌合戦に応援ゲストとして出演した。1973年、「ボンカレー」(大塚食品)のCMで当時大ヒットした時代劇『子連れ狼』のパロディ(拝一刀に扮した)でも一世を風靡した。

人物
生家は、生野区で鉄工所を経営していた。
「仁鶴」という芸名は、師匠が車で角を2回曲がった際、「2つの角→二角→仁鶴」から思いついたものとされる。売り出したころは初代春團治ばりのあくの強いスピーディーな語り口であったが、1970年代後半に喉を痛めてからは芸風が変わり、的確な描写力を持ちじっくりと聴かせる正統派となった。

吉本興業の三巨頭と呼ばれる六代桂文枝、西川きよしとともに、吉本のみならず上方落語界の重鎮として、独演会や一門会などの落語会で活躍する一方、吉本の本拠地・なんばグランド花月(NGK)にも、月に1回のペースで出演している。

また、「四角い仁鶴がまぁーるくおさめまっせぇ」で有名な、法律バラエティ番組の元祖『バラエティー生活笑百科』(NHK大阪)や、『大阪ほんわかテレビ』(YTV)などのレギュラー番組を持ち、文枝・きよしらと並んで吉本興業、ひいては上方お笑い界の大御所とされている。

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落語と持ちネタ
代表的な持ちネタには、「壺算」「不動坊」「崇徳院」「くっしゃみ講釈」「池田の猪買い」「延陽伯」「黄金の大黒」「道具屋」「青菜」「万国島巡り」「七度狐」「夏の医者」「次の御用日」「貧乏花見」「牛の丸薬」「へっつい盗人」「兵庫船」「口入屋」などがある。他に「三人旅」「辛子医者」「人形買い」「百年目」など。ただし「くっしゃみ講釈」に関しては初高座でウケず失敗したことがある。

また、1971年11月11日に朝日放送で行われた「1080分落語会」では、サゲへの伏線であるにもかかわらず「胡椒を買うてきた」と言ってしまったため、買ってきた胡椒を返しに行き改めて唐辛子をもらってくるという、訳のわからないものになってしまった。

仁鶴と吉本
師匠である6代目松鶴やその弟子の大部分が松竹芸能に所属しているのに対し、仁鶴はデビュー当初から吉本興業に所属している。

3代目林家染丸が「吉本でやってみぃひんか」と誘い、6代目松鶴も賛成したので吉本の所属となった。
吉本を薦めた理由は染丸、松鶴共に「吉本向きだから」としている。

これにより「今日の吉本の基は仁鶴が作った」とまで言われ、吉本の総帥といわれた林正之助でさえ、仁鶴には頭が上がらなかったといわれる(初代桂春團治などの大物芸人ですら呼び捨てにしていた正之助が仁鶴だけは「さん」付けで呼んでいたと、後輩の前田五郎の著書にある)。正之助は「仁鶴の面倒は一生吉本で見るようにせい」と言い残している。

2005年2月1日からは、吉本興業の特別顧問に就任。タレント活動を続けながらご意見番を担うことになった。これは仁鶴の常日頃の人柄、吉本興業への過去からの貢献によるものである。
戦後の吉本に対する功績から漫才作家の足立克己は「吉本中興の祖」と言っていた。

エピソード
尊敬する人物として、映画やドラマで何度か共演している森繁久彌の名を度々挙げており、自宅には森繁から直接貰った書が飾られている。

仁鶴が人気者になった頃、めくりが変えるだけで笑いと拍手が起こり、登場すると同時に歓声が沸き落語を始めるのに10分近くかかった。
また、当時漫談の滝あきらの付けたあだ名が「笑いの爆弾男」。

1994年1月3日には、豊中市にある自宅が半焼している。その際、長年かけて収集してきた落語関連の資料も被災している。上方落語界の重鎮でありながら、あまり独演会を開催していない。2009年11月3日に5度目の独演会NGKで開催。

若手時代、ラジオの深夜番組のパーソナリティを任された。
しかし、当時では通常の静かな語り口ではなく、冒頭から「ごきげんよう!ごきげんよう!」とがなり立てた。

大人気になり、「視聴率を5%上げる男」との異名を取り、当時のテレビ関係者は、仁鶴をキャスティングすることに奔走したという。

通常、ネタは師匠(または先輩)から弟子に伝えるものであるが、「黄金の大黒」は仁鶴から師匠松鶴へ伝わっている、と弟弟子の鶴瓶との対談で答えていた。

「バリトンボイスの正調大阪弁」が持ち味となっている。
テンションは年齢とともに落ち着いたものになってきているが、特徴的な口調は、シンデレラエキスプレス・松井成行やモンスターエンジン・大林健二など、多くの後輩芸人にものまねされている。

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