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古今亭志ん生(五代目) 塩原多助一代記~道連れ小平

      2014/06/11

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塩原多助序

上州沼田に300石の田地を有する豊かな塩原家の養子多助は、養父角右衛門の後添えお亀の連れ子お栄と夫婦になった。
しかし、角右衛門の死後まもなく、母子は寺詣りの帰り道、暴漢に襲われ、それを助けたのが原丹治という武士であった。
お礼をしたいと原丹治を家に招待したが、その後ちょくちょく出入りするようになった。
原(はら)丹治、丹三郎の父子を家に誘い入れ、お亀は丹治と、お栄は丹三郎とそれぞれ不義を重ねるようになる。
お家の為と見て見ぬ振りをしていたが、色と欲とで目の眩んだお亀は、丹治をそそのかし、多助を殺すべく相談をもちかけた。

青との別れ

5両5粒で買い求めた馬、青を連れて元村まで使いに出した。帰りは四つ(夜10時過ぎ)になるので、目印は馬に塩原と書いた桐油を着けて行かせるから、庚申塚で切ってしまおうと打ち合わせていた。
庚申塚近くになると青は後ずさりして動かなくなった。
どんな事をしても動かないが、そこに友人の御膳龍(ごぜんかご)をしょった円次郎が通りかかって青を引くと動いた。で、多助が引くと動かない。
円次郎が青を引いて、多助は御膳龍をしょって、それぞれの家に届ける事になった。円次郎は庚申塚でめった切りにされて絶命し、多助は何も知らず帰り着くとお亀はびっくりしたが、次の手を考え始めた。
ある夜、青が激しくいななくので厩に行ってみると、原丹治、丹三郎の父子を見て、青が見た下手人である事を確信した。
このままではいつかは殺される事を悟って、家を出る事を決心する。
宝暦11年8月満月の夜、愛馬青に別れを告げて、江戸へ旅立って行く。

道連れ小平

江戸に向かう道中で道連れ小平に出会い身ぐるみはがされてしまった。
乞食同然の格好になりながら、実父の居る戸田の屋敷に行ったが、国替えになって島原に行ってしまい、留守であった。
万策尽きた多助は、昌平橋から身を投げようとするところを、神田佐久間町の炭問屋山口屋善右衛門に助けられ、そこに奉公することになった。
「子(ね)に臥し寅(とら)に起き」て良く働いた。
給金はいらないから、捨てるようないらない物をくれれば、それだけで良いと言った。
所変わって、実家では強引にお栄と丹三郎の婚礼をしようとしたが、分家や村人に反対され逃げるうちに、青の厩に来たところ、青が暴れて二人を蹴り殺してしまった。
まるで多助の仇討ちをしたような事になってしまった。

戸田の屋敷

炭を届けに戸田家の屋敷に行った。偶然に島原から江戸に戻ってきた実父母、塩原角右衛門・清(せい)夫婦に再会した。
角右衛門が言うには「新田の角右衛門の所では乳が出ないので、同名の私のところで預かった。
八歳の時新田の角右衛門に帰した。
礼として50両をいただき、借財を返し、江戸に出て戸田家に仕え300石の身になれた。
これも新田の角右衛門殿のお陰である」 (多助を励ます為のウソ)と。
塩原家は潰れ多助は女、酒にくるって夜逃げしたと誤解されていた。
また、武士として炭屋の下男には倅は持っては居ないと言われ、家を再興した時には改めて逢おうと言われ、淋しく店に戻る多助であった。

山口屋ゆすり

ある日、山口屋の荷主である下野の吉田八左衛門が急病で倒れたため、山口屋の掛金80両を取りに、悴の八右衛門が代わりに行くことになった。
証拠となる手紙と脇差しを持って、八右衛門は出立したものの、田舎者で江戸に不案内のため不安で堪らず深川で会った故郷の知り合いに、事の一郎始終を大声で話してしまう。 永代橋を渡る時ぶつかった店者(たなもの)の男がいた。
介抱する振りをしてシビレ薬を飲ませ、手紙と脇差しを抜き取り山口屋に先回りしたが、手に入れる寸前多助に見破られ失敗する。
多助にこんこんと説教されて小平はすごすごと引き下がる。
これを聞いた八左衛門は将来店を出す時には千両の荷を出してあげると約束した。

四つ目小町

10年が過ぎて本所相生町に店を出し、 炭の量り売りを初め、一生懸命働いた。
ある時、多助の人柄にほれこんだ四つ目の富商藤野屋杢左衛門・お花親子は多助の嫁に娘お花を一緒にさせたくて、出入りの樽買いに仲に立ってもらった。多助がその話を聞いて、金持ちだからヤダと断った。
藤野屋は樽買いの娘なら良いのかと聞くと、何一つ持たずに来てくれるのなら良いという。
樽買いの娘と言う事で、四つ目一の美女お花は惚れた多助の嫁になった。

20年後には「本所(ほんじょ)に過ぎたるものが二つあり津軽大名炭屋塩原」と言われ、津軽十万石越中守さまと並び称せられるだけの成功を致しました。かつて自分に危害を加えようとまでした継母おかめを引き取って、終生世話をしました。
20万両という金を持って、実家を再興したと言われる。
塩原多助出世美談の一席でした。

登場人物

・塩原角右衛門・清……実父母:戸田家の300石家臣。
実の父母であったが多助は養子に出された。
・塩原角右衛門……養父、実父同名で、養父は上州沼田に300石の田地を有する豪農。
多助はそこの養子。
・お亀とお栄……養父:塩原角右衛門の後添えお亀と連れ子お栄。多助はお栄と夫婦になった。
・原丹治と息子原丹三郎……お亀お栄を暴漢から救い、養父亡き後は家に入り込み不義を働く。
丹三郎とお栄は夫婦になるべき祝儀の日、愛馬青の働きで死ぬ。
・円次郎……多助の友人。原丹治と息子丹三郎によって多助と間違って殺される。
この一件により多助は愛馬青と別れ江戸に出る。
・道連れ小平……悪党で多助の路銀を盗む。昌平橋から投身をする原因になる。
・山口屋善右衛門……多助が身投げから助けられ、奉公先と定める炭屋主人。
・吉田八右衛門……山口屋善右衛門への炭の納入業者のせがれ。
掛け金を取りに江戸に来たが、小平に騙され危うく横取りされるところ多助に助けられる。
・お花……四つ目小町と呼ばれたが多助に恋慕。
富商で父親藤野屋杢左衛門の助言で成就。慎ましい家庭を築き本所一の財産を築く。

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