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柳家金語楼 身投げ屋

      2014/12/25

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柳家金語楼 身投げ屋

あらすじ

不景気になると珍商売が多くなるものです。
地面を見ながら歩いているので聞くとがま口を探しているという。
1円札が10枚入っているがま口を拾いたいという。
だから地見屋という。

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そんなのみっともないから両国橋に行って身投げ屋になれという。
本当に飛び込んだら死んじゃうから、相手の間合いを決めて、死ぬ振りをする。
相手は事情を尋ねるだろうから、これだけお金がなければならないと訴えれば、どんな人間でもお金を恵んでくれる。
しかし、相手を見て、お金を持っていそうな態度から言い出す金額を決めるのが大切。
と教えられ、両国橋に深夜12時過ぎにやってきた。
止めてもらえるなら、立派な人と・・・、洋服に帽子を被った人がいるから・・・、お巡りさんだった。
あぶなく交番に連れて行かれてしまう所だった。

次を探すと、外套を着た恰幅の良い紳士がやってきた。
止めてくれて、経緯を話すとお金なら何とかしようと言う有り難い話。
金持ちそうだからと値踏みをして200円と言ったら、支払いを済ませた後だからと100円を出した。
100円ではダメだと言うと名刺をくれて明日残りを取りにおいでと言われて初仕事は成功。
次の人が来たので「南無阿弥陀仏」と唱え欄干に手を掛けたところ、職人に殴られて止められた。

金がないなら死ぬと言うがいくらだと言う言葉に、相手を値踏みして20銭だというと、そんな子供の小遣いだろうという。
いえ、大家に、酒屋に、米屋に・・・、40銭が1円になって、2円が3円になって、そこで止まったが無いという。
助けてもらっただけ有り難いと思え。
市電の回数券が有るからやると1枚渡されたが、既にハサミが入っていた。
次に来たのが親子連れ。

見ていると帯を結びあって、「南無阿弥陀仏」と唱え欄干に足をかけたので、慌てて止めに入った。
母親は死んで、父親は目が見えず、子供も母親のところに一緒に行きたいという。
国に帰るお金もなく死ぬほか無いという。
国が遠くてはいけないが、赤羽ぐらいなら面倒見ようと言ったが、100円無ければどうしようもないと言う。

やむなく先程の100円を渡し、その場から離れた。
父親は息子にこの金は先程の人に返してきなさいと言ったが、既に見当たらなかった。
にっこり受け取り
「それじゃ~。今度は吾妻橋でやろう」。

プロフィール

初代柳家 金語楼(やなぎや きんごろう 1901年2月28日 – 1972年10月22日)は、喜劇俳優、落語家、落語作家・脚本家(筆名・有崎勉)、発明家、陶芸家。
本名・山下敬太郎(やました けいたろう)。落語家時代の出囃子は『琉球節』。
禿頭を売り物にし、エノケン・ロッパと並ぶ三大喜劇人として知られた。

1901年 落語家であり東京の芝の葉茶屋「山下園」を営んでいた三遊亭金勝の長男として生まれる。兄弟に男四人、女一人の長男。父金勝は、金語楼が初舞台を踏んだ時に2代目三遊亭金馬の演芸団(三遊亭金馬一座)の一員として金勝を名乗りドサ回りをしていた。1931年には三遊亭金翁を名乗る。
1907年 2代目三遊亭金馬一座で天才少年落語家としてデビュー。三遊亭金登喜(きんとき)を名乗る。
(正式に師弟関係の手続きをとったわけでないが、座頭2代目三遊亭金馬を事実上の師匠とした。従って父・金勝とは兄弟弟子となる)

1913年頃 三遊亭小金馬を襲名し二つ目昇進。
1920年6月 3代目柳家小さん門下に移り、初代柳家金三で真打昇進。
1921年 軍隊に入隊(朝鮮龍山に駐屯の第20師団歩兵第72連隊)。
紫斑病に侵され頭髪が抜け落ちる。
1922年 除隊。新作の「噺家の兵隊」で売り出す。兄弟子初代柳家三語楼門下に移籍。
1924年6月 初代柳家金語楼となる。
1928年 曾我廼家五九郎に勧められ、五九郎劇『二等兵』に出演。
1930年 6代目春風亭柳橋等と日本芸術協会(現在の落語芸術協会)を結成。
1938年 吉本興業に所属。吉本と大阪朝日新聞主催の慰問団「わらわし隊」に参加。
1940年 金語楼劇団旗揚げ。
1942年 警視庁に落語家の鑑札返上。(噺家廃業)
1953年 NHKテレビ『ジェスチャー』出演。
1954年 日本喜劇人協会結成。副会長就任。
1956年 ラジオ東京テレビ『おトラさん』放送開始。当たり役となる。
1968年 日本喜劇人協会会長就任。
1972年 死去。墓所は品川本立寺。戒名は「金語楼笑里日敬居士」。

芸名の柳家金語楼は元より、自分の顔まで商標登録していた。
前掲の2代目三遊亭金馬一座は、落語家のみの一座というわけでなく、芸を売るというより見世物小屋としての色彩が強かった。その中に凄惨な事件の被害者として知られた芸者妻吉がいた。1905年、中川万次郎が発狂し愛人芸者6人を日本刀で斬りつけた「堀江六人斬り」で,両腕を切断されながらもただ一人生き残った。金馬に請われて旅回りの芸人となっていた。その後一念発起して口で筆を使い遂には住職となり、名を大石順教と改めた。一座に所属していた妻吉は、その一座での柳家金語楼のデビュー高座を見て、「私、坊やのこと大好きよ」と褒めちぎった。少年にとって何よりの喜びであったろう。

戦前は吉本興業(東京吉本)に所属し、横山エンタツ・花菱アチャコ・柳家三亀松・川田義雄と共に吉本の五大スターと称された。因みに、戦前の吉本で最も高給を取っていたのが金語楼である。日中戦争開始後、吉本が戦地慰問のために中国大陸に派遣したわらわし隊にも参加し、敵襲に晒されかねない危険な状況下で、旅順・天津・北京等を慰問して回った。戦前に吉本が東宝と提携して製作した数多くの喜劇映画でも主演を務めており、現在でもビデオ等で見ることが出来る。こうしたこともあって、現在でも吉本の社内では金語楼の功績は高く評価されており、大阪・難波にある吉本直営の演芸場・なんばグランド花月では、正面入り口に横山エンタツ・花菱アチャコ、あきれたぼういずらと共に、金語楼の大きな肖像画が掲げられている。

落語家を廃業したのは戦時下のことであり、二足のわらじを当局が許さなかったため、やむを得ず行ったもの。従って、戦後も落語と縁が切れたわけではなく、有崎勉(「勤め先あり」のモジリ。また「勉強すれば先が有る」の略とも)のペンネームで新作落語を毎月発表。5代目古今亭今輔、5代目春風亭柳昇等がこれを演じた。また、自身も無所属ながら機会があるたびに高座に上がっていた。主な作品は、古典の改作物「きゃいのう」・新作では「酒は乱れ飛ぶ」「笑いの先生」「アドバルーン」人情噺風の「ラーメン屋」など数五百あまりの作品がある。

発明家としても著名。学童が体育の授業時に被る「赤白帽」や、爪楊枝の頭に折り取り用の切り込みを設け箸置きのようにして使うアイデアを実用新案登録し、莫大な副収入を得た。
大阪の横山エンタツ・花菱アチャコが新しい形の漫才を演じると、これに触発され、一門の柳家梧楼と柳家緑朗に高座で掛け合いを演じさせた。なお、梧楼・緑朗はのちにリーガル千太・万吉と改称。今日の東京漫才の元祖とされた。
父は三遊亭金勝。先代昔々亭桃太郎、三遊亭金時(山下市郎)は実弟(山下武の著書では本名を「一郎」、三遊亭千馬)。また実子は以下の通り。嫡子としてテレビ朝日で『大正テレビ寄席』のディレクターから小説研究・大学講師に転じた、山下武がいる。また愛人(事実上の妻)の子としてロカビリー歌手の山下敬二郎と女優・声優の有崎由見子。

金語楼は、本妻・愛人を含めて5人の妻がいた。ギャラを受け取ると、それをきっちり5等分にし、5人に分け隔てなく渡したという。ただし、この事は子供たちには知らされていない事もあり、息子の山下敬二郎は、金語楼の葬儀の際にこの事実を知り、驚愕したという。
若い頃はモテモテで、女相場師の愛人だった事がある。手当も弾まれ、ご馳走も出るという厚遇っぷりだったが、お勤めがハードで、半年で10キロも痩せるほどだった。友人から、「お前、殺されるぞ」と言われ、泣く泣く手を切ったという。

姪の小桜京子は女優で、駅前シリーズなどの映画に出演した。1964年に初代引田天功と結婚し、一人娘の引田有美(声優)をもうけている。(京子は1970年に離婚)。
金語楼の演じていた兵隊落語は、上方落語の噺家である桂三八の影響である。三八は金語楼と共通点が多く、100キログラム以上の禿頭の巨漢で、兵隊出身であり、兵隊落語で人気を博していた。金語楼はこの三八の枕を東京に持ち込みアレンジしていた。

過去に金語楼の名を名乗った人物は確認出来ていないが、2代目小さんの亭号が禽語楼(きんごろう)であり、一時期柳家禽語楼を名乗っていた。そこで金語楼を名乗る際に、遺族と3代目柳家小さんに許可を貰っている。

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