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柳家小三治(十代目) 時そば(時蕎麦)

      2015/02/05

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あらすじ

江戸時代の時刻は、一時とか五時とか言わずに、四つとか六つなどと呼んでいた。
「おーい蕎麦屋、何が出来る?」「へい、出来ますものは花巻に卓袱です」「それじゃ、卓袱を熱くしてくんな」屋台の蕎麦を食いながら、やたらに蕎麦屋を誉める。
「良い器を使ってるねぇ、料理は器で食わせるってがホントだねぇ」てな調子、さて勘定を払う段になって、「十六文かい、ちょいと細かいから手を出してくれ」「へい、それじゃこちらに」「ひぃふぅみぃよぅいつむぅななやぁ、なん時だい?」「九つで」「とぉ、十一、十二、十三、十四、十五、十六と、ご馳走様」まんまと一文ごまかしてしまった。
これを見ていた男が、小銭を用意して翌日同じことをしようとした。
さて勘定は、「ひぃふぅみぃよぅいつむぅななやぁ、なん時だい?」「四つで」「いつむぅななやぁ……あれ!」
『落語400文字ストーリー』より引用
http://mengjian.blog104.fc2.com/

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プロフィール

10代目柳家 小三治(やなぎや こさんじ、本名:郡山 剛蔵(こおりやま たけぞう)、1939年(昭和14年)12月17日 – )は、東京都新宿区出身の落語家である。
2010年(平成22年)6月より落語協会会長。出囃子は『二上りかっこ』。
定紋は『変わり羽団扇』。「高田馬場の師匠」の通称で呼ばれる事もある。

人物

教師・教育者(小学校校長)の5人の子のうち唯一の男子として厳格に育てられる。
テストで100点満点中95点をとることすら(95点という点が低すぎる成績ということで)許されないというものであった。
その反発として遊芸、それも落語に熱中する。
東京都立青山高等学校に進学。
高校時代にラジオ東京の「しろうと寄席」で15回連続の合格。

このときから語り口は流麗でかなりのネタ数があった。
卒業後、東京学芸大学(教員育成の大学)への入試に失敗し、学業を断念、落語家へ転身。
5代目柳家小さんに入門。
5代目小さん門下で柳家のお家芸である滑稽話を受け継ぎ活躍。

まくらが抜群に面白いことも知られ、「まくらの小三治」という異名がある。
全編がまくらということもある。
落語協会会長6代目三遊亭圓生は、大変に芸に厳しい人で、前任の会長より引き継いだ人間を真打ちにした以外は、実質、3人しか真打ち昇進を認めなかった。

つまり6代圓生から見て真打ちに昇進できる実力があるのは、6代目三遊亭圓窓・小三治・9代目入船亭扇橋の3人である。
小三治は17人抜き真打昇進という記録を作った。
上野鈴本初席で最後の主任(トリ)を務めるが、この座を師の5代目小さんから1991年(平成3年)に禅譲され、その座を今日まで務め続ける。

リウマチを持病に抱えながらも現在も高座に上がり続けている。
落語協会会長職については、“滞貨”で真打昇進が後になった5代鈴々舎馬風が病気を理由に2期で勇退した後を受け、2010年(平成22年)6月17日開催の理事会に於いて正式に就任した。
夫人は染色家の郡山和世、次女は文学座の女優の郡山冬果。

主な持ちネタは『初天神』、『あくび指南』、『金明竹』、『うどん屋』、『時そば』、『小言念仏』、『出来心』、『千早振る』、『子別れ』、『鼠穴』、『芝浜』、『百川』などがある。本人の芸面白くもなんともなさそうな顔のまま面白いことを言う。
飄々とした表情のままぶっきら棒にしゃべる。
柳家の伝統通り滑稽噺を多くレパートリーとするが、師と同じく、「あざとい形では笑わせない芸」を目標としている。
落語(滑稽噺)は本来面白いものであるので、きちんとやれば笑うはず、本物の芸とは、無理に笑わせるのではなく、「客が思わず笑ってしまう芸」だという信念を持っているからである。

ものまね

ものまねが上手い。
過去の落語家のものまねである。
8代目三笑亭可楽など、時折高座で披露する。

芸論

指揮者カラヤンを評して、メリハリが効くというよりもあざといくらい派手な音を作り出す。
小三治は彼のことを「人を感心させようとして棒を振るから嫌いだ」という。
「落語も同じだよ」と付け加えた。

エピソード

落語は、同一の高座で同じネタを別人が続けて演ずることは絶対のご法度とされている。
永六輔は、自身が主催するイベント「六輔その世界」で、毒蝮三太夫と小三治を呼んだ。
両名に落語を演じてもらおうという企画である。

毒蝮は落語界の人間ではないが、立川談志の古くからの盟友である。
当日まで、毒蝮は盟友談志からの徹底的な指導を受け、当日のイベントで、湯屋番を演じた。
後に続く小三治は、直前までネタを決めていなかったが、全く同じネタ(湯屋番)を演じはじめた。
小三治も談志も同門(5代小さん門下)であり、文字として並べる限り内容はほとんど変わらない。

しかし、聴衆には全く別の湯屋番として聞こえ、毒蝮よりもはるかに客をウケさせた。
まったく同じ話なのにである。
上述の通り、奇をてらったり客に媚びたりしたわけではなく、ただただ人物の造形を丁寧に描いただけであった。

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