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三遊亭円歌(二代目) 呼び出し電話

      2015/11/01

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円歌の兄弟子にあたる三代目三遊亭金馬が、昭和4年頃に「取り次ぎ電話」と題して作った噺。
戦前から昭和三十年代までは一般家庭にまだ電話が普及していなかった頃、呼び出し電話(または取次ぎ電話)は日常茶飯事に起きていた。
この頃は電話を引いている家や商店はその地域のために近所の家に電話の取次ぎの労をいとわず、近所の人も当たり前のようにその電話を利用していた。
金馬が四谷に住んでいた頃、近所の人が電話を借りにきて迷惑をした話がモデルとなっている。
金馬から円歌が譲り受けて、「呼び出し電話」と改題し、新作落語の名作を作り上げた。
円歌は、住んでいた下谷の家に電話がなく、玄関先に電話番号を書いた看板を提げていた家の電話を借りていたことも噺の中に拝借した。

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あらすじ

電話のある家にかかってくる電話は、間違いや呼び出しばかりで、奥様は洗濯と電話の取り次ぎに追われる毎日であった。
「裏のシュウマイ屋を呼べ」とか、一町半も離れたこんにゃく屋に、二階の人に取り次げとかである。
また、近所へ引っ越してきた女性が挨拶ついでに電話を借りて、相手の彼氏と大喧嘩になり、婚約破棄までのドタバタ劇になる……

プロフィール

2代目 三遊亭圓歌 本名、田中 利助(たなか りすけ)。
1890年4月28日~1964年8月25日。
出囃子は『踊り地』。新潟県生まれ。新潟県立新潟中学校卒業。
当時の落語家には珍しく旧制中学卒業の高学歴で、横浜で貿易商館員として働くも、女性問題を起こしたことがきっかけで札幌に移り、京染屋を始める。
花柳界相手の商売を通じて、元噺家の松廼家右喬と出会ったことで、落語に興味を抱き、素人演芸の集団に加わる。

来歴・人物

当初は旅回りの一座に入り、勝手に「東京落語の重鎮・三遊亭柳喬」と名乗っていたが、小樽で巡業中の2代目小圓朝に見つかり、それがきっかけとなって、大正4年(1914年)4月に東京の初代三遊亭圓歌に入門、歌寿美と名乗る。
大正6年(1936年)、二つ目に昇進して三遊亭歌奴を名乗る。

大正10年(1920年)4月、真打昇進。昭和9年(1934年)10月、2代目円歌(「圓」の字は画数が多く自分の芸風にあわないとして「円」の文字を使っていた)を襲名。
非常な努力の末、新潟訛りと吃音を克服した。

モダンで明るく艶っぽい芸風で、女性描写は絶品であった。艶笑小噺もよく演じた。残された音源では放送禁止用語が連発されているものの嫌らしく聞こえないなど、かなりの力量を持った噺家であった。また高座では手拭いではなくハンカチを使い、腕時計を女性のように内側に向けて着けたまま演じていた。大の歌舞伎ファンでもあった。

5代目三遊亭圓楽は6代目三遊亭圓生に入門する2年前、入門するつもりは無かったが人柄が良さそうだったからと言う理由で2代目円歌に落語家になる事について相談をしに行った。

また、2代目円歌の本名「田中利助」は、落語『花色木綿(出来心)』で表札に書かれていた名前に今なお使用されることがある。
5代目古今亭志ん生とは、息子が志ん生の娘と結婚したため、一時期親戚関係にあった(ただし、円歌の死後に両者は離婚)。
晩年は自家用車を買って自分で運転していたが、「ひとにぶつけてはいけない」と非常にスロー運転で、銀座で「あまりにも遅すぎる」と警察から罰金を取られたことがあるという。

1963年、落語協会副会長就任。その後、健康上の理由から落語協会会長を退いた志ん生の後任として円歌を推す動きがあり、本人も意欲を示していたが、志ん生が芸の力量を優先して6代目三遊亭圓生を会長に推薦したため、対立を避けるために志ん生の前任の会長であった8代目桂文楽が会長に復帰し、円歌は副会長に収まったという経緯がある。

結局は会長就任がかなわぬまま、1964年8月25日に逝去。享年74。
没後、副会長職は圓生が引継いだ(翌1965年に会長に就任)。
3代目三遊亭金馬は兄弟子。門下には3代目圓歌、三遊亭歌太郎(旧名:三遊亭歌扇)、三遊亭笑三(現:三笑亭笑三)、3代目三遊亭歌笑、立花家色奴・小奴(色奴は3代目三遊亭圓遊の妻で、小奴は娘)がいる。

得意演目

持ちネタは多く、新作では『呼び出し電話』『社長の電話』『空き巣の電話』『ボロタク』『木炭車』『巻き返し』『馬大家』を演じた。
芝居噺では『七段目』『将門』。
古典では、あまり演じ手のない『紺田屋』『写真の仇討』『紋三郎稲荷』『山岡角兵衛』『首ったけ』『姫かたり』『夢の富』『七草』『西行』『羽団扇』『竜宮界龍の都』などを演じた。
芸域は非常に広く古典の持ちネタは滑稽噺のみならず音曲噺、芝居噺、人情噺等多岐に渡り、その数は持ちネタの多さで知られる6代目三遊亭圓生にも匹敵する程ではなかったかと、5代目三遊亭圓楽は語っている。

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