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曾呂利新左衛門 絵手紙

      2014/06/14

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二世 曽呂利 新左衛門(にせ そろり しんざえもん)
(天保13年10月15日 – 1923年7月2日)は、大阪生まれの上方噺家。
本名: 猪里重次郎。享年81。
大坂新町の友禅染屋に生まれる。
幼少時から素人落語に加わり、桂猫丸、桂夢丸、文の家かしくなどを名乗る。
しかし、このことにより父から勘当され、やむを得ず幇間となって、京都で千九八、大坂堀江で観八を名乗る。

1865年、初代笑福亭松鶴門に入り、京都笑福亭で高座を務め、二代目笑福亭松竹となる。
後、大阪に戻り笑福亭梅香を名乗るが、師匠・松鶴が死去したため、新町九軒末廣亭で松竹亭梅花と改める。
1869年10月、座長となり、再び旧名の笑福亭梅香に戻る。
1873年3月、初代桂文枝門下に移り、初代桂文之助を名乗る。同門の初代桂文三(二代目桂文枝)、二代目桂文都(二代目月亭文都)、初代桂文團治と共に、「四天王」と称えられた。

1886年、絵画の師である久保田米僊らの勧めにより二代目曽呂利新左衛門を襲名。
ただし「偽」に洒落て「ニセ」と読ませるため、あえて二世曽呂利新左衛門と名乗った。
後に三友派の会長を勤め、1910年、68歳で引退。風流三昧の余生を過ごした。

大ネタよりも、軽い小噺や、座敷芸などで本領を発揮した、どちらかというと才人肌の人であった。
上方で膝隠しと見台を使わずに演じた最初の噺家とされる。
また、多くの新作・改作をも物にし、達者な筆遣いで活字化している。

数々の奇行でも知られ、1914年6月には「香典保存会」と銘打って生き葬式を挙行。
実際の死後に行われた本葬では寺中を桜の造花で飾りつけ、生前のあだ名が「お骨の生焼け」であったことから、自らの頭蓋骨をガラス箱に入れて参列者に見物させたりした。

墓所は大阪市天王寺区の隆専寺。法名: 轉譽法輪漁仙居士。

弟子には二代目桂文之助、三代目桂梅香、三代目桂藤兵衛(元川傳吉)、浮世亭◯◯(うきよてい まるまる、後の川上音二郎)、初代桂枝太郎、二代目桂猫丸、桂柳枝らがいる。

SPレコードは『絵手紙』『馬部屋』等の数種類残されていて上方落語の最も古い録音で往事の芸風を偲ぶことができる。

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