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三遊亭歌笑(三代目) 音楽花電車

      2014/05/28

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自ら破壊された顔の所有者、三遊亭歌笑である事を証明する。

銀座チャラチャラ人通り。青赤緑、とりどりの着物が風に揺れていて、綺麗な綺麗な奥さんが、ダイヤかガラスか知らねども、指輪をキラキラさせながら、ツーンとすまして歩いてる。

バスや電車の警笛に、合わせて呼び子を吹きながら、交通整理の警官が、銀座通りの真ん中で、踊るはタンゴかブルースか、ルンバかおけさか八木節か、遠い国からやって来た、踊る神様再来を、思わす様に浮かれてた。
銀座チャラチャラ、人通り…歌笑叙情詩集より…

皆様、いかがでございましょうか。住宅くじ、たった二十五円で住宅が当たりますよ。二十五円で住宅!狭いながらも楽しい我が家を得るために二十五円。
二十五円で住宅が必ず当たる!!必ず当たるなら、骨を折って売る事はないだろうと思うんですが。
自分は買わない様ですな。街頭はこの様な状態ですけれども、電車の方はどうかと言うと、相変わらず混みますねぇ。

「おーい、乗せてくれぇ。一人だけだ」

「だめだよ、もう。乗れやしねぇよ、こんなに入ってんだもの」

「そんな事言わないで乗せてくれよ、頼むから、たった一人なんだから」

「一人でもダメだ。一台待て」

「一台待つってぇと、電車は動きませんよ。私が車掌なんですから」

「馬鹿だな、お前は。車掌なのに何モタモタしてやがるんだ」

「あんまり綺麗な女の子が、乗れないで困ってたもんですからね、乗せてあげてたんです。色が白くてね、鼻がツンツラツーンと高い女なんです」

「ふーん。どこの女だろうね」

「私の女房なんです」

こう言う朗らかな車掌さんがあるかと思うと、中には、無人相に停留所の名前を怒鳴っている人がある。
もっとも、停留所なんてものは、あんまり色っぽい名前は無いようですな。この間は、僕の顔をじっと見ながら、

「お待たせいたしました。次は春日町、裁判所前。あんた降りませんか、裁判所。降りなければ、次は富坂、警察前。留置所の方はお乗り換え。あんた、まだ降りないですか!」

誰が降りるヤツがあるもんですか。そう言う事のない様に、電車をほがらかな音楽で動かしたら、どんなもんでしょうか。

「♪(山寺の和尚さんの節)皆様よ、お客様、ここは代々木のその先で、(へーい)はらじゅく、はらじゅく、はらじゅく、はらじゅく、えー、降りろー・・・っと、あっと、誰もいなくなっちゃった」

「皆様、お待たせいたしました。それでは音楽電車の発車でございます」

「当たり前だ。俺達は早くから待ってるんだから」

「早くお乗りを願います」

「もう乗ってるてんだよ。いったいこの電車はどこまで行くんだ?」

「終点まで参ります」

「終点まで行くのは当たり前じゃないか。どこへ停まるんだ」

「停留所でございます」

「弱ったな、どうも。喧嘩が出来やしねぇ。早くやってくれ」

「はい、お急ぎの様ですから、では、音楽、始めぇ!」

「♪(安里屋(あさどや)ゆんたの節)マタハーリヌ!チンダラ!カヌシャマヨー!!」

「陽気な電車だね。だけど揺れるな。飛び上がるじゃないか」

「口をきかないでください。この間、この電車で舌を噛んで死んだ人があります。只今、自動車を三台、飛び越えました」

「馬鹿な事するな。止めてくれ。もっとゆっくりした音楽は無いのか」

「うるさいお客だな。では、ゆっくりソングで。♪(ボルガの船歌の節)エイコーラ、エイコーラ。もひとーつエイコーラ。そーら引け綱を」

「なるほどゆっくりだ。走ってんだか、停まってんだか、分からないぞ」

「これはボルガの船歌ですから、電車に綱を付けて、引っ張ってます」

「もっと良い音楽ないかい」

「かしこまりました。♪(あわて床屋の節)ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな。電車の車掌はいそがしい。後から後からお客さーま。ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんな。これではどうにもやりきれぬ。お昼の休みもありゃしない♪チンチーン。ああっと、いけねぇ、三人ひき殺しちゃった」

プロフィール

エラの張った顔が特徴で、極度の斜視であるため、目配りが必要な古典落語の道を諦め、自作の新作落語で活躍。特異な風貌や奇声と共に、終戦直後の荒んだ世相に明るい笑いを提供。「爆笑王」と呼ばれ一世を風靡。
九代目 柳家小三治(後の五代目 柳家小さん 1915~2002)、四代目 柳亭痴楽(1921~1993)、二代目 三遊亭歌奴(後の三代目 三遊亭圓歌 1929~)ら、同年代の若手落語家に多大な刺激を与えた。
「歌笑純情詩集」または「歌笑叙情詩集」あるいは「歌笑迷作集」と云う短いマクラをやったあとに「音楽花電車」、「音楽風呂」、「ジャズ息子」、「妻を語る」、「我が生い立ちの記」のような演目をやりました。
人気絶頂時の昭和25(1950)年、銀座七丁目松坂屋前の路上を横断中、米軍のジープに轢かれて事故死。
歴史的音源

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