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古今亭右朝 高田文夫(同級生)爆笑対談

      2014/06/27

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2000年2月14日 お江戸日本橋亭

高田文夫プロフィール

高田文夫(たかだ ふみお、1948年6月25日~)
日本の放送作家、タレント、演芸評論家。
本名は高田 文雄(たかだ ふみお)。愛称は「高田ギョロメ文夫」「高田先生」。

生い立ち

東京都渋谷区生まれ、世田谷区船橋育ち。父の高田栄三は歴史書関係の出版社国文社の経営者で、丹羽文雄と仲が良かったことから「文雄」という名前を付けられた。
父方の親戚に出版社の経営者が多く、そのうちの一人に、雑誌『映画評論』発行人高田俊郎がおり、高田の芸能好きは彼の影響が大きいという。
また、母方は代々、渋谷で鳶の頭をつとめていた。
小学校時代に『おとなの漫画』(フジテレビ)に強い影響を受け、青島幸男のような放送作家を志す。日本学園高校を経て、日本大学藝術学部放送学科に入学し、落語研究会に所属。同期に古今亭右朝が、後輩に森田芳光がいる。
立川談志に心酔し、談志の著書『現代落語論』がバイブルで、「落語の才能が無い」と森田を辞めさせている。
中学高校ではエルヴィス・プレスリー、ビートルズの洗礼を受けたロック少年でもあり、高校時代はボーカルとして「高田バンド」を結成して、フジテレビの番組『勝ち抜きエレキ合戦』にも出演した。なお、当時からすでに、ライブでは曲の合間に漫談やコントを入れていた。
高校3年生の時に、来日したビートルズの武道館公演を見るが、「演奏テクニックがたいしたことがない」と熱が冷め、以降は演芸少年に変わる。

放送作家

大学卒業後は放送作家の塚田茂に弟子入り(のちに破門)し、「スタッフ東京」設立に参加。1973年、『ひらけ!ポンキッキ』で放送作家デビュー。
その後、
『時間だョ!アイドル登場』(日本テレビ)『ロッテ 歌のアルバム』『笑ってポン!』(以上TBS)
『スターどっきり(秘)報告』『夜のヒットスタジオ』『オレたちひょうきん族』『らくごin六本木』(以上フジテレビ)
『笑アップ歌謡大作戦』(テレビ朝日)『三波伸介の凸凹大学校』(テレビ東京)
『ビートたけしのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)フジテレビの正月の名物番組『初詣!爆笑ヒットパレード』など数多くのバラエティ番組を手がける。
『スターどっきり』『凸凹大学校』などの番組テーマ曲の作詞も手がけた。
著書の『江戸前で笑いたい』やテレビ史の番組のインタビューでは、構成を担当していた『ひょうきん族』の裏番組であった『8時だョ!全員集合』への対抗心からいかりや長介の傲慢ぶりを批判したり、ドリフはアドリブがなく自分が考える笑いとは違うなどと述べていた。
2009年より、日大芸術学部時代からの友人で放送作家の松岡孝に頼まれ、放送作家養成セミナーの講師を務めている。

タレント・落語家

また、自身もタレントとして活躍。NHKの子供番組『600 こちら情報部』では戸田恵子らとともにレポーターを務める。『THE MANZAI』では景山民夫と組み、「民夫くんと文夫くん」として漫才も披露した。
1983年、立川談志の落語立川流Bコースに入門。立川 藤志楼(たてかわ とうしろう。「とうしろう」は、業界用語の「トーシロー」=しろうとの意味)を名乗り、1988年には真打に昇進した。真打昇進後から1990年代前半にかけて精力的に高座を務め、多くがCD化された。その後しばらく落語家としては休業状態であったが、2006年4月中旬、約10年ぶりに高座に上がった。また、2008年からは新音源によるCDシリーズも発表されている。
2006年にワザオギからCDが発売された際、新宿・紀伊国屋書店2階のミュージックテイトでは「発売直後の週間売り上げ枚数が宇多田ヒカル」を抜いた」と発表された(宇多田ヒカルがちょうど新盤の発表前であったことや、この店が落語・お笑い関係のCDやカセットテープに力を入れているためともいわれる)。
学生時代に青島幸男か永六輔に弟子入りしようとした。
永には弟子入りを志願する手紙を送るが、「僕は弟子を取りません。友達になりましょう」との返信が来て断念している。
なお、高田が放送作家になり、永に対面した際にこの件を話したところ、「今からでも遅くありません。弟子になりませんか?」との手紙が後日届いた(高田は「やなこったい」と断っている)。
最終的に芸人にならなかった理由として、「売れてなくても芸が下手でも、年功序列で『○○兄さん』とヨイショしなければならないことが苦痛に感じるから」としている。
しかし、落語立川流に入門し、後に立川藤志楼として芸人になれた。
余芸の範囲ではあるが、東京ボーイズに加わって舞台に立つこともある(その場合、「ニュー東京ボーイズ」となる)。

ビートたけしとの関係

テレビ番組の構成作家をしていた1975年ごろ、ポール牧、青空球児・好児らの薦めによりビートたけしと対面、意気投合し親密になった。
たけしを後押しして、番組に起用するようになる。その結果として、それまでたけしのブレインだった高信太郎の座を奪った。
また、ニッポン放送では『ビートたけしのオールナイトニッポン』の構成作家として参加するが、たけしの喋りに声を出して反応し、たけしが番組を休んだ時には代打パーソナリティーとして番組を担当したこともあった。
ゲスト出演した松任谷由実に「高田さん、ウケ役なんだ(ね)」と言われ、たけしの気持ちを見透かした角川春樹には「うるさい」というようなことを言われる。
1983年には、景山民夫と『文夫くんと民夫くん』に出演。さらに、1987年10月には、夕方のワイド番組『巨匠・高田文夫のラジオでいこう!』を担当する。
『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』は1989年にスタートし、現在も続く長寿番組。
この番組で春風亭昇太、松村邦洋らがブレイクした。
また、ビートたけしと担当したフジテレビの深夜番組『北野ファンクラブ』でも司会を務めた。
その後1996年4月~1997年9月まで放送された[北野富士]、1997年10月~2002年9月まで放送された足立区のたけし、世界の北野にも出演。北野富士ではたけしと共に司会、足立区のたけし、世界の北野では、ガダルカナルタカ、ダンカンらたけし軍団とレギュラー出演した。

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