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桂吉朝 そってん芝居

      2014/06/01

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「そってん芝居」といぅお噺を聞ぃていただくわけでございますが、まぁこれはですね、うちの師匠がずっとやりたいとおっしゃってたお噺なんでございます。
で、ある時「もぉわしはよぉやらんさかい、お前やってくれ」と、こぉ師匠が言ぃはりましてね、ビックリしましたです。

「えッ、わたしでいいんですか?」

「あぁ、お前やってくれ」

「そぉですか……」

そない言われたら嬉しぃですからね、もぉ感激しましたです。
「ありがとぉございます、是非やらしていただきます」
と言ぃましたですが、いっぺんも聞ぃたことない噺ですからね、聞ぃたら戦後誰もやってないそぉでございます、いわば滅んだお噺でございます。

滅んだ噺なんですけども、師匠もですね、昭和十八年頃に先代の桂小南といぅ方が東京でやったのをいっぺん聞ぃたといぅだけなんでございます。
でまぁ、師匠とこへお稽古に行きましてですね
「そんなんやから、わしもまともな稽古はでけへんけれども、だいたいこぉいぅ噺や」
とやってくれはったんですけど。

それ聞ぃた時にわたし思いましたです。

「こら滅ぶやろ」

ま、師匠があない大層に言ぃはるさかいに、どない大ネタかいなとわたし思いましたら、これがしょ~もないネタでんねん、これが。
ケッタイなと言おぉか、わけが分からんと言おぉか。

なんでまた師匠がこれをやりたかったんやろ?と不思議やったんですけど、また何で「わしはよぉやらん」と言ぅたんかも不思議なんでございます。
まぁひょっとしたら師匠はですね、こんな噺やったら米朝の値打ちが下がるんと違うか、人間国宝返せ言われるんじゃないか、そんな心配してはったんじゃないかと思うんでございます。

それを弟子に押し付けよ、いやいや、押し付けられたんでございますけどね。

「だいたいその『そってん』ていぅのは師匠なんですねん?」て聞ぃたら
「さぁ~?」言ぅてはりました、こんなんでございます。

あるものを見るとですね、書いたもんを見ると「剃る」ですね、剃髪の剃に「天」頭のことでしょ~ね、と書いて「剃天」と書いてある、散髪屋、床屋が出てまいりますから、それからそぉいぅことになったんか。

三味線の相方が「トッテン・トッテン・トッテン」といぅ相方がありますんで「そってん」と言ぅんか、そこんとこよく分からないんでございますけども。

まぁ、とにかくやらしていただきますが、わたしも今後二度とやることはないと思います。
で、あのぉ~、ほかではね、やることはないと思うんでございます、ほかの噺家もたぶんやらないでしょ~。
何でもやらはる染丸さんもやらないと思います。

ひょっとしたら染二がやるかも分かりません、文我もやらないでしょ~ね、ですから、生で「そってん芝居」といぅ噺を聞ぃたと言えるのは、皆さま方だけなんです。ホンマに。
「それが何やねん?」と言われたら困りますけどもね。

とにかく、芝居ばなしといや芝居ばなしでございますが、ケッタイなお噺でございます。
しばらくのあいだお付き合いを願いますが……

あらすじ

堺の叔父貴が「九死に一生の大病で、喉がゼェゼェいぅやら、鼻がピョコピョコいぅやら、医者が八人かかりきり」というので、見舞いに行くことになった大旦那。
ひょっと見舞いの夜が通夜になるかも知れないと、こざっぱり頭を結い直すために床屋の磯七を呼ぶ。
ちょん髷を結いながらの世間ばなしに、中座にかかる「忠臣蔵の通し」が出ると、芝居好きの磯七は夢中になって手が進まない。
「芝居の話はえぇねん。口利ぃたら出入り差し止めやで」と禁止され、仕事にかかったものの……

プロフィール

桂 吉朝(かつら きっちょう、1954年11月18日 – 2005年11月8日)は、大阪府堺市出身の落語家。
本名は上田 浩久(うえだ ひろひさ)。出囃子は、『外記猿』。

来歴

大阪府立今宮工業高等学校卒業後、1974年1月に3代目桂米朝に弟子入り。
弟子入り当初から、高度な落語センスを持ち合わせており注目されていた。

「七段目」「蛸芝居」「質屋芝居」などといった芝居噺を得意とし、
「地獄八景亡者戯」以外にも「百年目」「愛宕山」「高津の冨」「千両蜜柑」などの師匠米朝ゆずりの大ネタに、
現代のセンスに合った「くすぐり」を加え独自の世界を切り開き米団治系の後継者と言われていた。

また「ふぐ鍋」「天災」「化け物使い」などの他の一門の持ちネタも自らの持ちネタとし、
おもしろさだけでなく、こなせるネタの幅広さは当代一と噂されていた。

若い頃から落語家桂千朝、桂雀松らや講談師の旭堂南左衛門と勉強会を開催した他、
落語だけにとどまらず中島らも、松尾貴史らと共に劇団「笑殺軍団リリパットアーミー」の役者としても活躍。

また狂言師13世茂山千五郎らとともに、狂言と落語をミックスさせた「落言」の公演を行う一方、
文楽の桐竹勘十郎、豊竹英大夫らとも親交が深く、文楽と落語をコラボレーションさせた会を開催するなど、他ジャンルの芸能との交流も深かった。
また千朝ら一門の兄弟弟子と組んで中田ダイマル・ラケット、宮川左近ショウ、漫画トリオの物まねもやっていた。

弟弟子の桂米左とともに日本のアニメーションの元祖とも言われる「錦影絵」を演じ、
上方落語界の次世代を担うホープ、また米朝の後継者として期待が高かった。

しかし、1999年に胃癌を患い、手術を受け一度復帰したものの、2004年10月になって胃癌を再発。
その後治療を続けながら高座を務めていたが、既に末期癌であった。
そして、2005年11月8日に心不全のため50歳の若さで逝去。

最後となった高座は10月27日に国立文楽劇場で行われた「米朝・吉朝の会」。
米朝は、吉朝たっての希望で、近年高座にかけることが少なくなっていた「狸の賽」を口演。

吉朝は、当初「ふぐ鍋」と「弱法師」の2席を予定していたが、
楽屋では医師付き添いのもと酸素を吸入しながら45分以上をかけて「弱法師」を演じるのが精一杯で「ふぐ鍋」を演じる事は出来ず、
「劇場の前を偶然通りかかった」という桂雀松が「替り目」を代演して穴を埋めた。

終演後しばらくは観客からの拍手が鳴り止まなかった。
吉朝はそのわずか12日後に亡くなった。

直前まで吉朝が「米團治」を、3代目桂小米朝が「米朝」を襲名する話が進められていたが吉朝の死去により実現しなかった。
後に小米朝が「5代目桂米團治」を襲名する事になる。

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