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古今亭志ん生(三代目) 昔話田舎者

      2014/03/09

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3代目古今亭 志ん生(ここんてい しんしょう、文久3年9月5日(1863年10月17日) – 大正7年(1918年)5月10日)は、明治・大正期に活躍した東京の落語家。本名、小瀬 岩松(後に和田と改姓)。

通称「軍鶏の志ん生」
(※なぜ軍鶏と呼ばれたかは説が諸説あり、当時新橋にあった「今松」という軍鶏を食べる専門店があってその今松からという説と、名前の岩松が似ていたからという説が知られている、他にも顔が軍鶏に似ていたなど)。

最初は4代目立川談志の門下で4代目立川談笑を名乗った後、1882年頃に2代目古今亭今輔の門で今三郎、今松となりやがて屋号を変えて1888年12月に初代むかし家今松、1896年5月に真打で5代目雷門助六を襲名。

1910年12月に3代目古今亭志ん生を襲名したが1913年6月初代古今亭雷門と改名し、翌年1月に3代目古今庵志ん生、また翌年6月に古今庵雷門に戻し1917年8月にはまた3代目の志ん生に戻る。人気が下火になり改名を繰り返したとされる。
墓所は新宿区法身寺。

SPレコードは歌舞伎の声色中心に残されている。
弟子に、雷門のち横目家助平(利倉常次郎)、4代目古今亭志ん生、4代目古今亭志ん馬、4代目五明楼玉輔、6代目雷門助六、雷門のち春雨家雷蔵、上方に移住した古今亭のち三遊亭志ん蔵など。
実の娘は常盤津文字喜代と言い、後に上方に出向き3代目笑福亭福松の門下になり文の家たよりと改名、その後同じ一門の文の家恋しくと結婚末、相方となり漫才師になった。

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