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三遊亭圓窓(六代目)叩き蟹

   

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江戸の日本橋のたもとに黄金餅という名物を売っている餅屋がある。どこかの子供が餅を盗もうとして主に捕まり、これから折檻を受けるはめになって、それを見ようと、たいそうな人だかりになった。

後ろから割って出た旅人が、可哀想だからと口を利いてきた。聞けば、大工の父親は怪我、母親は体調を崩して寝たきりだという。旅人は「この子に情けはかけられないかい…?」

主は「こんなガキに情けをかけたって無駄だよ。言葉通り、ガキのためにならないから。情けは人のためならず、と言ってね」

旅人「それは違う。その言葉はね」と言いかけてやめて、「勘定をあたしが払うから、この子に餅を食べさせな」

主「よし。そうしよう」

子供に三皿食べさせ、七皿分の土産まで持たせて帰してやる。しかし、勘定を払おうとして気が付いた。財布がないのだ。仕方なく、餅代百文の担保(かた)として、木で蟹を彫って名も告げず立ち去る。

主が腹立ち紛れに蟹の甲羅を煙管で叩くと、横に這い出した。何度やっても、横に這う。これが評判となって、店はえらい繁盛。

二年後、蟹を彫った旅人が店にやってきた。百文返して、あのときの坊やの消息を訊いた。
主は「あのあとすぐにあの子の両親を見舞い、医者を呼んで診せました。母親は元気になったが、父親は助からず……。それが、縁で子供がこの餅屋で働くことなり、今ではどうにか一人前、おかげさまであたしも楽になりました」

旅人「餅屋、悟ったな。あのとき、『情けは人のためならず。この餓鬼のためにならねぇ、無駄になるから情けはかけたくねぇ』って言ったな。あれは違う。『情けは人のためならず』というのは、人に情けをかけると、それがいつか回りまわって自分に戻ってくるということ。お前さんは子供の両親を見舞って、情けをかけた。それが縁で子供がここで働くようになり、今では楽ができて嬉しい。ほぅら、情けが戻ってきた。これをいうんだ。『情けは人の為ならず』というのは」

主「お名前を聞かせていただきとう存じます」

旅人「あの蟹を彫るとき、あたしは魂を打ち込んで仕上げたつもりだ。お前さんもその魂を掴んでくれた。だからこそ、いまだに元気よく這っているんだ。つまり、名前はなくても魂があればいいんだ。『無名有魂』とでも言うかな……。おわかりかな……」

子供「おじさん。左甚五郎って人でしょう。死んだお父っつぁんの言っていたことを思い出したの…。飛騨の高山に甚五郎って名人がいて、その名人はなにか気に入るといい仕事をして、黙ってどっかへ行っちゃう人なんだって……」

甚五郎「うーん、ばれたか…。いかにもあたしは飛騨高山の匠(たくみ)、左甚五郎利勝」

主はびっくり。子供も大喜びで、食べてもらおうと、餅を運んできた。

「黄金餅は情け餅と名前を変えたの。また、切り餅も名物だよ。食べておくれ」

甚五郎が一切れとろうとすると、切り餅はいくつも繋がっているではないか。

「おやおや。坊や、まだ修業が足りないねぇ」

「すいません。庖丁を持って来ますから」

これを聞いていた蟹が、つ、つ、つ、つっと這ってきて、「{両手の指を鋏の形にして}使ってくださいな」

【圓窓のひとこと備考】
講釈、浪曲で盛んに演られている甚五郎物である。落語にも導入された物もいくつかあるが、どれもこれも面白いとはいえない。とくに浪曲は面白く構成、演出がまとまっている。圓窓の甚五郎シリーズの[叩き蟹][竹の水仙][いただき猫]は浪曲から学んだところが多い。
それと言いたいことがある。甚五郎は美術史に名を残すような実在の人物ではない。
いわば、庶民の英雄として伝わってきた架空の人物である。だから、甚五郎作といわれる作品は全国に散在する。どれ一つとっても「甚五郎彫」という刻みは入っていない。架空の人物だから当然さ、と言われればそれまでだが、あたしはあえて「甚五郎に無名有魂の信念があるから名は刻まなかったのだ」という仮説を立てた。

ついでにもう一つ。日本の話芸ははなから主人公の名を明かしてから始まるのを常としてきた。圓窓はこれに反発して、マクラでも甚五郎には触れず、本題に入っても名乗りはせず、旅人として登場させている。後半、なんらかのきっかけから甚五郎と
いう名がわかってくるという、構成にした。つまり、ミステリーめいた流れにしたのである。
最後に。元々、落ちはなかったので考案した。仕草落ちである。
2006・6・29UP

[出典:圓窓五百噺ダイジェスト(た行)]
http://ensou-dakudaku.net/furrok/ta.html

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