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■【漫才】秋です問答【Wけんじ】

   

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プロフィール

Wけんじ(ダブルけんじ、1961年(昭和36年)4月 – 1999年(平成11年)1月7日)は、東けんじ、宮城けんじによる日本の漫才コンビ。通称「ダブケン」。師匠は東京漫才の始祖といわれる「東喜代駒・駒千代」。

1960年代を中心に活躍。テンポの速いしゃべりに、レンズの入っていないロイド眼鏡を掛けたとぼけた味わいの東のボケと宮城のキレのあるツッコミで人気を博し、東京を代表する漫才師となった。
ツカミは、宮城「私、宮城けんじ」、東「ボク、東けんじ」二人で[二人合わせて、Wけんじ!]、しゃべりを止めない東を宮城が叩くとワンテンポ遅れて東が「いてーなー」と言い、それに宮城が「遅いよ~」とツッコミを入れる定番ギャグの他、「やんなっ!」「なっ!オー!」「バカだなっ!」などの流行ギャグを生み出し一世を風靡する。
全盛期にはヘリコプターで移動して舞台を掛け持ちするほどの人気ぶりであった。

得意の演目は「愛染かつら」「ど忘れ物語」「調子いい物語」「娘の誕生日」などで、特に「愛染かつら」は十八番ネタ。
医師の津村浩三役を宮城が、看護婦の高石かつ枝役を東が演じ、映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」に合わせた東の当て振りがウケた。

特に東が得意とする、立ち位置から動かないでその場にいながら歩いているように見えるパントマイムを披露する場面は大ウケであった。
東は大の酒好き、宮城は大の博打好きで、舞台を降りると東は飲み屋へ、宮城は雀荘へと向かった。

浅草松竹演芸場には漫才協団幹部として定席にも出演。また、東京演芸人の最高峰とされた日比谷・東宝演芸場の東宝名人会にも多数出演した。
その反面、落語家の団体には所属していなかったため、寄席には殆ど出演しなかった。

コンビ結成40周年を目前にして東が死去したことによりコンビ解消。
2008年10月29日、東京漫才を顕彰する“東京漫才の殿堂”への殿堂入りが漫才協会によって発表された。

東けんじ
あずま けんじ、1923年12月17日 – 1999年1月7日
本名は大谷健二(おおたに けんじ)。栃木県宇都宮市出身。ネタ作り担当。 1999年(平成11年)1月7日に肝不全のため死去。75歳没。

宮城けんじ
みやぎ けんじ、1924年8月20日 – 2005年10月19日
本名は寺島文雄(てらしま ふみお)。宮城県亘理郡逢隈村(現:亘理町)出身。2005年(平成17年)10月19日に肺ガンのため死去。81歳没。

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