★桂枝雀(二代目)夢たまご
暑ッ! 暑いなぁ~ッ、今年の夏はことに暑い、どんならんなぁホンマにもぉ……、おぉいかんわ、ちょっと腹減ってきたなぁ、どんならんなぁホンマにもぉ。
今日は腹の段取りがいかんねんなぁ、朝起きんのが遅かったよってになぁ、朝飯が遅そなったやろ。
ちゅうことは……、もぉボチボチ日が暮れやねんけどなぁ、腹減ってきたけど、今食べたらな、夜呑むときの腹具合が悪いしな、いかんなぁ。
ちょっと虫養いちゅうとこやけどなぁ、何ぞないかいなぁ?
たまごぉ~、たまご~、夢たまごぉ~。たまごは要らんかなぁ~?
おッ、たまご屋来よった。茹でたまごや言ぅとんなぁ、ちょ~どえぇねん煮ぬき、あらえぇ虫養いや、こらえぇわ。
たまご屋ッ、たまご屋ッ!
へッ、お呼びでございますか?
おぉおぉ、何じゃで、荷ぃ下ろし、荷ぃ下ろし。おい、茹でたまご一つおくれんか、一つ何ぼや?
一銭でございます
あぁ一銭、結構けっこぉ、一つおくれんか茹でたまご。
お客さん、どぉぞお間違えのないよぉに、これは「茹でたまご」ではございません「夢たまご」でございます
え? 茹でたまごと違うのか?
いえ、夢たまごでございます
夢たまご? ちょっと待ちぃなおい「夢たまご」て何や?
はい、このたまご食べていただきますといぅと、夢がご覧になれるのでございます
あッそぉか、話に聞ぃたことないことはないねん、昔なぁ、そんなたまごがあるとかないとか、へぇ~ッ……
何かいなこれ、ちょっと殻の白いのやら、ちょっと赤みがかったのやら、まんだらなったん、いろいろあるけど、何かいなこれ、このたまご食ぅたらこの夢が見られる、ちゅうので「実は、この夢が見たいので」言ぅたら、お前のほぉから「どぉぞ、このたまごを」といぅわけかい?
いえ、そぉいぅ手の夢たまご商うお方もございますけど、手前どもさよぉじゃございません。
どれお食べになって何の夢が見られるか、分からんほぉの夢たまごでございます。
ちょっとまぁお楽しみのお分かりになるお方はこぉいぅ、この手のたまごのほぉをお好みになりますので、手前のほぉはこれを商わしてもろております。
オモロイなぁ、そぉか、そら別に面白さがよぉ分かる人間ちゅうわけやないけど、そのほぉが結構けっこぉ。
どんな夢や分からんねやろ、そのほぉが楽しめるやないか。よっしゃ、ほな一つもらうわ
ありがとぉさんでございます
おっき、ありがとぉ、ほな、これもろていくわ。普通に食たらえぇねんな?
はい、夢たまごではございますが生たまごやございません、茹でたまごでございますんで、そのおつもりで
おっき、ありがとぉ。
たまごぉ~、たまご~、夢たまごぉ~。一つ一銭ぇ~ん……
なるほどなぁ「夢たまごやけど、生たまごやなしに、茹でたまご」か「茹で夢たまご」ちゅうやっちゃ、言ぃにくいなぁ……、ほぉ~、じょ~ずに皮剥けるがなこれ、煮ぬきはこれやないといかんねや。
みょ~に不細工(ぶせぇ~く)にナニしたら、こないうまいこと皮剥けへんねん。
この茹でたまご、煮ぬきといぅやつもねぇ、よぉ水気のもんと一緒に流し込む人あるけど、あら何じゃで、玄人のたまご食いやないで。
玄人のたまご食いちゅうもんはやで、この黄身がノドへ引っかかりそぉになるところを白身を上手にあいだへ忍ばせて食ぅ。
またこの、ング……、たまらんなぁ~。
たまごぉ~、たまご~、夢たまごぉ~。
一つ一銭ぇ~ん……、たまごぉ~、たまご~、夢たまごぉ~。
一つ一銭ぇ~ん。
えッ? 何を言ぅてんねん、何考えとんねん。
わし、夢たまご屋とちゃうがな、たまごを買ぉて食たほぉの人間やないかい、何考えとんねん。
たまごぉ~、たまご~、夢たまごぉ~。
一つ一銭ぇ~ん……、いや、違うっちゅうねん。
わたしゃたまご屋やあれへんがな、たまごを買ぉて食たほぉの人間やがな。
たまごぉ~、たまご~、夢たまごぉ~……、ちょっと待ちっちゅうねん、何やこれ?
あッそぉか、夢やこれ。
夢たまご屋になった夢見てんねん。
あッそぉ~か、なるほどオモロイなぁ、たまご屋の気持ちてこんな気持ちか。
いつも見てる町並みと違うなぁ、そんなこと言ぅなぁ、人間ちゅうものはみんなそれぞれおのれの目ぇから世間見てるそぉなよって、人によって見る景色が違うっちゅうこと言ぅけど、たまご屋の目ぇから見た世間て、こんなふぅに見えたんのんか。
オモロイもんやなぁ、みょ~な町並みやなぁ……、
あッ、町外れた、野原へ出て来たがな、わッ、ゲンゲ・タンポポの花盛りや、あらぁ~ッ、こら結構やなぁ、気が晴れ晴れするがな。
いや待ちぃな、さっき「暑い暑い、今年の夏はことに暑い」言ぅてたのに、ゲンゲ・タンポポの花盛りて何やこれ?ここらが夢やなぁ。
あッそぉか、夢に別に決まった季節はないねやろ。
うわぁ~ッ、お日ぃさん山の向こぉへお帰りになんねん、西の空真っ赤やなぁ、人によってなぁ、朝日拝むのが好っきゃ言ぅ人もあるけど、わしゃなぁ、どぉいぅもんかこぉして西の山へお沈みになる、このお天道(てんとぉ)さん大好きや、何となく落ち着いてるわ。
カラスかなぁ、鳥が……、ひと家族やなぁこれ。
♪カ~ラ~ス~、なぜ鳴くのぉ~、カラスは山にぃ~(ゴ~ン)えぇところにボンが入りよんなぁ、こしらえたよぉななぁ。
あぁそぉか、夢やからなぁ、半分自分でこしらえてるよぉなとこもあんねやろなぁ。
こんなことばっかり言ぅてられへん、ボチボチ家帰ろ……
ただいま
お帰りやす
あッ、誰? お帰りやす? 何の迷いもなくこの家入って来たけど、なんやねんな、あッそぉか、これがたまご屋の家や。
せやさかい、何の迷いもなくここへ入って来たんや。
ちゅうことは、今の「お帰りやす」ちゅう声はたまご屋の嫁はんか?
可愛(かい)らしぃ声やったなぁ、クゥ~ッ……、え? はい、はいはい、あぁそぉ、おおきに……「湯ぅ沸かしてタライに入れたぁるさかいに、行水つこてくれ」ほぉ~、気の利く嫁さんやなぁ。
え? はい、はいはい、分っかりました、おっきにありがとぉ……「行水つこたそのあとは、お膳ごしらえができてますよってに、どぉぞお燗も一本付いてます」て、嬉しぃなぁ。おッ、ちゃんとお膳ごしらえできたぁるがな。
え? はい、はいはい、分っかりました……「あんたのお好きなハツのお造りや」ちゅうてんねん。
これまたうまそぉやなぁ、たまらんなぁこれ……、結構やなぁ。
人間は「どぉしたら幸せになれるやろ? どぉしたら幸いが来るやろ?」ちゅうて、幸せや幸いを追いかけとぉるよなとこあるけど、一日の仕事こぉして終えて、汗流して、好きな肴で好きな酒を呑む、ひょっとしたらこれが幸せの極(きょく)かも分からんなぁ。
ハッハッハッ、ありがたいこっちゃ
お父さん!!
ビックリするがな、この子だれや?
え? これからお祭りですから、隣町のオバチャンとこまで行ってきます」あぁそぉ、行ってきなさい、気を付けてね……、あッ、今のんたまご屋の息子やなぁ。
可愛(かい)らしぃ、よぉ言ぅこと聞きそぉな息子やった。
こないしてくつろいでるとこへ、あんな可愛らしぃ息子がおるやなんて、幸せの上のも一つまた上の幸せやなぁ、ありがたいこっちゃ。
え? はい、はいはい、あぁそぉ、はい分っかりました。
なんやて嫁はん「お先、休ませていただきます。子どもは『今日はオバチャンのところへ泊る』と言ぅてましたので……」いつの間にやら蚊帳吊れたぁるがな、豚の蚊遣りや、嫁はん着物脱いでお布団の中入りよった。
何すんねんな?
たまご屋にしたら自分の嫁はんやけど、わたしにしたら人の嫁はんやで。
こんなことあってえぇのんかいな? うわぁ~、夢ん中やさかいかまへんやろ……、ほな、そぉさしていただきます。
バシッ、バシッ!
痛いッ! 何をすんねん、おいッ!
何もクソもあるかコラッ、何してると思とんねん?
おッ、お前はたまご屋!
たまご屋も糞もあるか、お前、誰と何をしとると思とんねん
バシッ、バシッ!
ちょっと待て、ちょっと待て、何すんねんな。別にわたしは何も……
あ痛たぁ~ッ……、あッそぉか、夢、覚めたんや。
あ~、あれだけの夢か、いや、でも楽しぃ夢やったなぁ……、あれ? たまご屋、まだあんなとこ歩いとるがな。
ちゅうことは、こっからあこまで歩くあいだに、あの日が暮れから、夜中までの夢見たんか。
ケッタイなもんやなぁ、結局こんなもんかも分からんなぁ。
けど、あのたまご屋、なんぼわたしの夢の中にもせよやで、向こぉの嫁はんとあんなことになってること、こっから先も思てないやろなぁ。
こぉして後ろ姿見てると、おかしぃよぉな、哀れなよぉな、妙なもんやなぁ。
[出典:http://homepage3.nifty.com/rakugo/kamigata/rakug475.htm]
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